胸部レントゲン写真の不思議
毎週決まった曜日の決まった時刻に行われるカンファレンス、毎回憂鬱だなぁと思っておられる先生方もおられるものと思います。特に画像診断に関しては、事前の十分な準備が必要ですので毎回苦労して読影されることも多いでしょう。ところで、本番のカンファレンス中にカンファレンス室の後ろの方にいた上級医から、「そのレントゲン、左肺に異常陰影あるんじゃねーの?」と不意打ちに声を掛けられてよくみるとその通りだった!なんてことはないでしょうか。
ついさっきまで後ろの方で居眠りしていた先生にそのものずばりの本質を突かれて、しかも自分は見落としていたので逃げ場がないという冷や汗ものの経験、私には何度もありました。そのたびにいつも不思議に思っていたのが、前の日に夜中まで十分に準備してレントゲンも何度も慎重に見直してカンファに臨んでいる私が見落としてテキトー顔で今レントゲン見たばかりという上級医がどうして異常陰影を発見できるのか…まったく世の中は不条理でできているものです。この現象はどうやら私だけのものではなく、訊いてみると多数の先生方もご経験がある様子。どうしてこのようなことが起こるのでしょうか?
上に示したカンファレンス中の不条理な出来事の原因は、カンファレンス室でのあなたと上級医の座った位置の違いにあります。画像と読影者の距離によって(個々の読影力とは無関係に)、胸部レントゲン写真のコントラスト分解能の違いが生じるのです。コントラストとは、わかりやすくいえば白い実質性物質(固体や液体)と黒い空気のような異質の物質が隣り合うときにみえる画像上の「くっきり感」です。もし肺(=黒く写ります)に重なる異常陰影が真っ白だったとすれば明確なコントラストがつきますので簡単に特定できますよね。これが限りなく黒い(=空気成分を多く含んでいる)異常陰影であれば周囲の黒い肺とのコントラストがつかず発見は困難でしょう。雪山に白い毛のうさぎさんがいると見つけにくいのと同じです。
たとえば、上にお示ししたレントゲンもご覧の画面から1~3mほど離れて再度じっくり見てください。ほら、近くでまじまじと見るよりも異常陰影がくっきり見えませんか?つまりカンファレンス室の一番後ろで居眠りしていた上級医はたまたま目が覚めて離れた位置からレントゲンを眺めたために(=近距離読影と比較して、よりコントラスト分解能に優れた遠距離読影となったことで)異常陰影にいち早く気づくことができたというわけです。ちなみに、原理上コントラスト分解能が飛び抜けて良好といわれるCTスキャンでこの陰影を見てみますと以下のようになります。これでは「すみません、見落としました」とはとても言えないですよね…。
これからは胸部レントゲンを読影し終わったら、最後に画像を閉じる前に席を立って少し後ろに下がってからもう一度眺めてみる習慣をつけてみるといいかもしれませんね。