同愛記念病院アレルギー呼吸器科のブログ

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聴診器の功罪

同愛記念病院アレルギー呼吸器科には毎日多くの慢性咳嗽の患者さんが受診されます。その中の多くの患者さんがおっしゃるのが、「前の病院/医院では聴診してもらって肺の音が綺麗だからぜんそくではないよと言われました」ということです。実際に当科外来で精査いたしますと、そのように言われた患者さんの中のかなりの割合でぜんそくの確定診断がつきます。聴診所見と実際の疾患が乖離しているわけですが、これはなぜなのでしょうか?

 

本当はぜんそくだったのに、聴診所見が正常で「ぜんそくではない」とされてしまう要因には次のようなものが挙げられます。①ぜんそくは夜間/早朝に悪化するが日中は一般に症状が和らぐため、日中の外来では聴診上喘鳴を聴取しないことがある、②気道狭窄が軽度のぜんそく(後述)の場合、有症状であっても喘鳴が出ない、③聴診器のヘッドが逆になっており、集音ホールが聴診器膜方向に向いていなかったので肺音そのものが聞こえない状態であった(爆)。③は論外としても、①②については熟知しておくべき知識があります。①については、もともとの人体に備わる臓器活動の日内変動を理解するとわかりやすいです。実は、健常人においても毎日気道は狭窄・拡張をわずかに繰り返しています。具体的には、おおよそプラスマイナス2%の範囲で気道径が拡がったり狭まったりしているのです。もちろんこの程度の伸縮では、肺機能そのものに及ぼす影響はミニマムです。ちなみに、最も拡がるのが午後4時ごろで最も狭まるのが午前4時ごろです。これは24時間における生体の酸素要求量の変動と良く一致しており、(昼行性動物であるヒトは日中に酸素要求量が高く、疲労のたまる夕方にそれは最大化される。安静睡眠時で動き回らない深夜/早朝にその要求量は最も少なくなる)よく理解いただけるものと思います。ぜんそくではその気道径の日内変動が狭窄ベクトルの方向に大きくなっており、深夜/早朝に生理的狭窄+ぜんそくによる狭窄=狭窄が最大化してしまうのです。次に②についてですが、実は気道はおおよそ25%以上狭窄しないと喘鳴が出ません。口笛を吹くときに、しっかりと唇を締めて吹かないと音が出ないですよね。気道もそれと同じです。つまり2~25%未満の狭窄が生じているぜんそく患者さんでは、いくら慎重に聴診しても喘鳴は聞き取れないのです。このような軽度の気道狭窄は、日中受診しているぜんそく患者さんや咳ぜんそく(=そもそも定義として喘鳴が出ない)においてしばしば認められます。「喘鳴がない」=「ぜんそくではない」と早合点してはいけないということがおわかりいただけましたでしょうか?

さて、それでは対策はどのようにすればよいのでしょうか?ここでは2つの対策をご紹介しましょう。ひとつめは呼気一酸化窒素(FeNO)を測定してみることです。FeNOは専用の測定装置で測ります。22ppb以下は正常で、それ以上の場合はぜんそくが存在する可能性が高くなります。ただしその診断感度はおよそ80%台ですので、これでも10~20%のFeNO正常のぜんそく患者さんを見落とす危険があります。そんな測定装置なんかないよ!とお怒りの先生方にはもうひとつ、コストがかからない方法があります。それは、聴診する際に患者さんに「強制呼気」してもらうことです。呼気時に吹き矢を吹くように/ろうそくを吹き消すように、強く呼気していただくことで初めて喘鳴が出る患者さんがおられます。みなさんご存知のように空気にも粘性というものがありますので、それを物理学的に応用して生じる喘鳴を検出するのです。ここまでやって、ようやく病気が馬脚を現したということでしょうか。これならば高価な測定機器は不要ですね。

殊にぜんそくに関しては、たとえ聴診器の力をもってしてもなかなか「黙って座ればぴたりと当たる」とはいきません。毎日試行錯誤しながら呼吸器内科臨床の最前線で働くのは、実に楽しいことだと思っています。

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