メンソールたばこ、なにそれ美味しいの？

タバコを吸わない人間にとってタバコの銘柄はすこぶる謎の存在です。ご年配の喫煙患者さんには、「私はマイルドセブン」「わしゃ、ショートホープしか吸わん」などというこだわりがあるようですが、何が何やらちんぷんかんぷんです。日本人の喫煙率が右肩下がりで減少しているのはみなさんご存知のことと思いますが、米国などの諸外国でも同様のトレンドが起きておりました。何とか喫煙率を維持（？）してタバコの売り上げをキープしたいタバコ会社はメンソール入りタバコを開発して大々的に宣伝しました。その宣伝対象は主として若者です。喫煙を開始する際の一番大きいハードルは煙でむせてしまうことでした。メンソールを添加されたタバコはタバコ初心者でもむせにくく、喫煙開始に適しておりました。タバコ会社にもずいぶん頭がいい人がいたものだと感心してしまいますが、もちろんすぐにFDAににらまれて若者向けのメンソール入りタバコの宣伝は厳しく規制されることとなりました。ここからは、そんなタバコにまつわるお話しです。

            ある日、19歳の男性が原因不明の呼吸不全にて救急搬送されました。患者さんはつい最近、メンソールタバコによる喫煙を開始したとのことでした。19歳での喫煙開始がどうとか突っ込みどころ満載でしたが、賢明なブログフォロアーはみなさんおわかりのように診断は急性好酸球性肺炎でありました。急性好酸球性肺炎は、喫煙などの気道刺激により肺に自己免疫反応が生じて好酸球という白血球の一種が肺内で強い炎症を引き起こす比較的珍しい疾患です。本邦での症例はほぼほぼ喫煙開始直後の若者であり、病歴聴取でだいたいあたりがつきます。型どおりに胸部CTと気管支鏡検査・気管支肺胞洗浄にて診断確定して、ステロイド投与を開始したところ、速やかに症状は改善しました。

            ここまでは良かったのですが、いざご退院という段になって問題が発生しました。主治医があれほど「喫煙を再開してはいけません」と諭したにもかかわらず、患者さんはなんと喫煙を再開してしまったのです。当然ながら喫煙再開は急性好酸球性肺炎のこれ以上はないほどの再燃リスクです。内心めまいを覚えながら外来で様子をみていましたところ、驚いたことに今度は何も起きません。改めて本人に確認しましたところ、再開したのは「メンソール抜きの」タバコだったのです。喫煙再開後に疾患が再燃しないのがどうにも腑に落ちない私たちは、例によってとことん調べて一本論文書いてしまいました¹⁾。実は、メンソールなしのタバコからメンソール入りのタバコに変えたら発症したという急性好酸球性肺炎の報告は過去に複数あります。私たちが経験した症例は逆にメンソール入りタバコで発症して、その後メンソール抜きのタバコでは再発を免れました。このことはメンソールが急性好酸球性肺炎の「発症」を手助けしている可能性があることを示唆しています。メンソールそのものの、気道上皮に対する効果はまだ十分に解明されてはいません。しかしながら、①メンソールの吸入は咳閾値を上昇させる（＝咳反応を鈍化させるのでタバコを吸った際にむせにくくなる）、②メンソール受容体（TRP melastatin8）の下流には炎症があり、本受容体の刺激が炎症反応を惹起している可能性が高いことがわかっています。以上のことから、メンソール入りタバコが急性好酸球性肺炎の発症の一翼を担っている可能性が示唆されました。好酸球はいうまでもなくアレルギー反応の主役ですので、メンソールはアレルギー反応に油を注いでより燃え上がらせる困ったちゃんな脇役さんであるといえるのです。

1) Ogura N, Kono Y, To M, Mikami S, Soeda S, Hara H, To Y.  Menthol flavored cigarettes: potentially a strong trigger of acute eosinophilic pneumonia.  The American J Medicine.  2017 Feb;130(2):e63-e64. 2017.