同愛記念病院アレルギー呼吸器科のブログ

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「臨床研究」事始め

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レインボーブリッジ(写真と記事とは関係ありません)


みなさんにとって、「臨床研究」というとどんなイメージですか?面白そうだけどなんだか難しそうとか、やってみたいけど何から手をつけたらよいのかわからないというイメージの方が多いのではないでしょうか。

本日は、臨床研究をしているという自覚をまったく持たずに臨床研究してしまい挙句の果てに学会発表まで行き着いてしまった私の後輩のM先生のお話しを披露しましょう。

 

 

20年以上も前のお話し、私が今でいう後期研修医の時の出来事です。呼吸器内科研修1年目のM先生は、繰り返す血痰の患者さんを受け持っていました。その患者さんは大喀血はしたことはないのですが、かなりの量の血痰を頻回に反復していました。原因は陳旧性肺結核症による高度の肺の破壊であり、現在活動性のある病変はなく、根本治療はありませんでした。入院して安静にすると血痰は改善しますが、退院にむけて日常生活動作(ADL)を拡大すると再び血痰が増えてなかなか退院ができませんでした。そこでM先生は指導医と相談して、気管支動脈塞栓術(BAE)を行う方針としカンファレンスで提案しました。しかし、カンファレンスでは大喀血でもないのに、血痰だけでBAEまでやっていいのか?BAEには脊髄麻痺という重大な副作用があるではないかという反対の声が、大勢を占めました。現在ほど細いカテーテル等の器具が進歩しておらず、副作用の可能性も今以上に高かったのでその時点で意見が分かれるのも無理はなかったものと思われます。

 

カンファレンスを終えて、M先生は困り果てました。このままではあの患者さんは退院できそうにない…。安静を指示したときも少しずつADLを上げていくときも大変協力的で指示に従ってくれる患者さんであり、何とか早く普通の生活を送っていただけるようにしたい! でも副作用が起これば、普通の生活どころか神経麻痺を抱えた生活になってしまう! 迷いに迷ったM先生は、ふと名案を思い付きました。過去の先生方がどのように治療を選択されていたのか?また、その結果はどうだったのか?それを調べてみればいいんだ! ここで今ならすぐにPubMedで文献検索するところでしょうか。しかし当時はまだインターネットがなく文献検索が容易ではなかったこともありますが、なぜかM先生の頭には「文献検索」というキーワードは浮かんでこなかったようです。M先生が思いついたのは、「過去のカルテをできるだけ多くみてみよう」という考えでした。そのころM先生が勤務していた病院は、元結核療養所と合併して間もない時期であり、結核後遺症並びに関連疾患に対するBAEの記録がかなり残っておりました。M先生はそれをかたっぱしから調べていきました。電子カルテのない時代なので仕事のあとや当直で患者を待つ間に病歴室にこもり、臨床的背景・喀血の頻度・治療効果や副作用について調べました。それをまとめて、M先生なりに答えを出したようです。

 

カルテの調査がまとまったころに、M先生は抄読会の当番がまわってきました。M先生はここのところこの問題ばかり考えていたので、抄読会ではBAEの総説を紹介しました。そして、ほんの付録のつもりで病歴室で自分が調べたことも紹介しました。すると、その抄読会を聴いていた先生方は紹介した論文そっちのけでM先生のまとめに興味を示し、面白そうに質問してくれました。M先生も自分が興味をもって必死で調べたことですから、いつのまにか楽しく質問に答えてしまっていたとのことです。当時のM先生は、呼吸器内科後期研修1年目(卒後3年目)であり、抄読会はいつもドキドキしていました。しかし、その日は楽しくプレゼンしつつ質問に答えている自分を発見して自分ながら驚いたとのことです。そして、「これは面白いので、そのまま学会に出しなさい」と上級医から勧められました。これがM先生にとって初めての臨床研究の学会発表になりました。改めて現在思い出すと、十分な統計学の教育を受ける前の記述統計のみによる発表でしたが、データに基づいた客観的メッセージがしっかりしており臨床研究の1型として、面白い話であったと思います。

 

臨床研究計画立案の基本は、

     臨床実地から生ずる疑問点を明確な質問にする。(=clinical question

     過去の文献を調べて、エビデンスレベルが高い答えが存在しない事を確認する。

     clinical questionresearch questionに変換する。

     適切な研究のデザインをする。

です。

M先生が上記の「基本」を知らずに行った臨床研究では、②の文献検索が抜けていますね。しかし、その他は期せずして真理を追求したいとの気持ちのままに進んだら、自然にこの形式になっていました。「情報がなくて困っているので○○について調べたい」という目的が明確であることと、その目的を達するため客観的にデータを集めて解析したいという意欲が臨床研究の基本として重要なことだと思われます。研究デザインや統計の技術はその必要性から、後についてくるものと思われます。とりあえず学会の演題をひねりだすためとかデータベースがあるので何か発表できるかみてようという受け身なスタンスでは、M先生のようなやる気も沸きませんよね。

 

臨床研究について難しく考えることはありません。日々に患者さんを診ていて、「この点を解決したい」という強い意志が一番大切かもしれません。もしそのような疑問が生じれば、まずは指導医に相談してみましょう。そこで、その疑問を解決することを目的に統計の方法や研究デザインを学べばいいのです。単に机上で統計を学ぶよりもずっとテンションが上がると思いませんか?

 

当科では、臨床実地と並行して臨床研究を強力に推し進めています。常に若い先生方のアイディアに沿って、臨床研究を進めるように技術的なサポートをしています。ちなみに当科のT先生は、ATS international conference 2019young investigator awardを受賞されました。約2年前、T先生はこの研究に関してご自分でアイディアを出して臨床研究をしたいと申し出ました。それは、率直なところ私たちが全く思いも及ばなかった内容の臨床研究でした。私たちは技術的なアドバイスおよび質問に答えるのみでしたが、T先生は主体的に研究を進めてその結果この名誉ある賞を受賞されました。このブログの読者の中にも、普段の臨床で「なぜ?」「なに?」という疑問が生じているものと思います。私たちは、しばしばPubMedでもUpToDate™でも答えが出せないその謎を解くお手伝いをしたいと思っています。臨床研究のモチベーションが高まったそのときは、いつでも同愛記念アレルギー呼吸器科の戸をたたいてください。本当に知りたい謎を解く楽しみをお教えします。