同愛記念病院アレルギー呼吸器科のブログ

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けがの功名

「内科医のメス」ともいわれる処方薬、医師の腕の見せ所であるとともに患者さんにとっては不快な臨床症状とサヨナラできる決定打となりうる存在かと思います。しかしながら、ときに運悪くその処方薬で副作用が起きてしまうこともあります。慎重に治験が重ねられ、そのうえで厚生労働省に認可されて発売される薬剤ですが、どうしてもある程度の頻度で副作用が出てしまうのは否めません。そんな中で、本来は忌み嫌われるはずの副作用に思わぬ効用が生じることがあります。今回はそんなお話しです。

びまん性汎細気管支炎という珍しい疾患があります。気道炎症が肺内の細い気管支に慢性的に生じて、気道感染を反復したり気管支の構造破壊(=気管支拡張症といいます)が起きる原因不明の疾患です。かつては有効な治療法がなく、患者さんはみな慢性の咳嗽・膿性喀痰に苦しんでおりました。病気が進行すると呼吸不全に陥って、酸素ボンベなしでは暮らせなくなります。そんな病気も「エリスロマイシン(エリスロシン™)」というちょっと古い抗生物質を少量長期に内服することで劇的に症状を改善できることがわかり、現在では診断さえつけば予後良好となりました。ある日、私の外来に来た70歳代の女性もそんな患者さんでした。胸部CTにて典型的なびまん性汎細気管支炎を確認した私は、自信満々に「エリスロシン™」を処方しました。処方後の最初の外来で「効果はいかがでしたか?」と問うた私に、患者さんは思わぬひとことを放ちました。

「先生、あのおくすりはいいねえ。長年苦しんでいた便秘症がどっかにいってしまったよ。」

あのぅ、咳嗽や喀痰の具合はどうですか?と訊いたつもりですが…

この患者さんのびまん性汎細気管支炎に対しては、もちろんエリスロシン™は著効しました。投与半年後の胸部CTでは、びまん性汎細気管支炎特有の小葉中心性陰影はほぼ消失し、慢性の咳嗽・喀痰もすっかり影をひそめました。しかしながら、今回の治療介入で最も患者さん本人の生活の質(QOL)を改善したのはエリスロシンの代表的副作用である「下痢・軟便」だったのです。毒を以て毒を制すといいますか、確かに頑固な便秘症を打ち消す最強の対抗策は副作用たる下痢・軟便です。今回は患者さん本人の頑固な便秘症とエリスロシン™の副作用である下痢・軟便がうまい具合に打ち消し合って、ちょうど良い具合の快便になったということのようです。逆に下痢/軟便で苦しんでいる患者さんには、胃薬であるアルサルミン™や降圧薬の一種であるカルシウム拮抗薬などの副作用である「便秘」が程よく症状を緩和することがあります。また、老人特有の誤嚥に対して「咳嗽」の副作用がある降圧薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)で咳反射を増強させてむせないようにする試みもあるようです。

 

あらゆる薬剤にはすべからく作用とともに副作用があり、これはどうしても避けて通ることができません。そこで、それぞれの薬剤特有の副作用を熟知しておくことでひとりひとりの患者さんがたまたま合併していた併存症を「一緒に治療してしまう」ことが可能となります。臨床の最前線で活躍する先生方にとっては、一粒で二度おいしい玄人好みの処方ともいえるでしょうね。

 

*併存症には、がんなどの重篤な原因疾患が隠れていることがあります。上記の内容は併存症に対する精密検査の必要性を否定するものではないということを申し添えます。

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大阪万博記念公園日本庭園(写真と記事とは関係ありません)