八百屋と魚屋
同愛記念病院アレルギー呼吸器科はその名のごとく、アレルギー科を内包した呼吸器内科であります。アレルギー科は臓器別診療科とは異なり、種々の臓器に起こりえるアレルギー性疾患を横断的に診療する科です。それに対して、呼吸器内科は気管支・肺という胸腔内臓器を対象とした診療科で臓器別診療科の代表ともいえます。多くの先生たちは、この臓器別診療科のいずれかのカテゴリーに属して専門性を磨いているわけですが、呼吸器内科は大変裾野が広いためになかなか一筋縄ではいきません。今回はそんなお話しです。
呼吸器内科の領域の最大の特徴は、病理学総論で学ぶすべてがここにあるという点です。つまり、臓器・組織の病的な状態である炎症・腫瘍・変性・老化・感染などのすべてがあるので、そのすべてに精通するのが大変困難な領域なのです。たとえば、肺がんを専門にしている呼吸器内科医はぜんそくやCOPDの診療はあまり得意ではなかったりします。逆にぜんそくの専門医は、肺がんや間質性肺炎の診療が苦手だったりすることが多いです。病理学的変化が多彩だと、同じ呼吸器内科の中で「住み分け」が起こります。ですので、例えば肺がんの患者さんがたまたまぜんそくを合併していると、肺がんを専門にしている主治医(=呼吸器内科医です)がぜんそくを専門にしている別の呼吸器内科医に相談して教えを乞うなどということが普通に起こります(逆も真なりです)。いわば、同じ呼吸器内科の中に八百屋と魚屋が存在しているのです。八百屋さんはおさかなについてはあまり詳しくありませんし、魚屋さんは野菜の良し悪しを見分ける技術は八百屋さんほどには持っておりません。臓器という強力な共通項で結んであるはずの領域が、実はかけ離れた各領域が混在する混沌の世界となってしまっているのです。
近年では、異なる臓器に生じた腫瘍が共通のドライバー遺伝子を持ち共通の分子標的薬が効くケースがあることがわかってきました。たとえば、ある種の肺がんには女性ホルモンの受容体が発現しており乳がんの分子標的薬が効きます。そうなると、肺がんは肺がん、乳がんは乳がんとひとくくりにすることに無理が生じてきます。むしろ、昔の病理総論にたちかえり「腫瘍」でひとくくりにしてそのドライバー遺伝子を基に治療戦略を立てる診療科(=腫瘍内科)とするほうが合理的ということになります。そうすれば、乳がんの分子標的薬が有効な肺がんに保険適応がないために使用できないなどという矛盾を解消することができます。将来には、たとえば間質性肺炎がパーキンソン病や認知症と一緒に「アンチエイジング科」で治療される時代が来るかもしれません。これからは、臓器別疾患という先入観を捨てて物事をとらえるようにすることで臨床上の合理性が担保されて、かつ治療法の進歩につながるかもしれませんね。