同愛記念病院アレルギー呼吸器科のブログ

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臨床研究の理想と現実

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庄川峡(富山県南砺市)*写真と記事は関係ありません。


秋の台風シーズンとなり、当科にもその影響でぜんそく悪化を来して受診される患者さんが増えてきています。不思議なことに、ぜんそくの悪化は台風の接近時に最大となり台風が到達すると和らぎます。気圧自体は最低になっているはずの台風到達時に症状が最悪にならないのは、恐らくぜんそくそのものが気圧の絶対値に反応して悪化しているのではなく気圧の継続的な低下方向への変化に対して反応しているからだと推測されます。そんなことはぜんそく患者さんを多数診療しているドクターからすれば当たり前のことではありますが、なかなか論文化して証明することは難しいようです。このように、現実世界では明確に存在している臨床的事実のすべてが論文化という形でエビデンスになっているわけではありません。世の中にはエビデンス化がしやすいものとそうでないものがあります。エビデンス化されたことはたまたまその案件が論文化しやすかっただけのことであり、エビデンス化されていないことでも臨床的に大変重要なものもあります。したがって、エビデンス化されたものだけが真実だとはゆめゆめ思わない方が身のためだと思われます。

つらつらと長い前置きの後の本論では、今回は原発性肺がんのお話しをしたいと思います。肺がんの世界ほどエビデンス重視の領域はないというほど、多数の論文が出ており、かつその進歩も日進月歩です。毎年のように新薬が登場してその卓越した効果が学会で華々しく発表されています。当科も呼吸器内科領域を広く診療しておりますので、当然しばしば肺がん患者さんを診療しております。しかしながら、なんとなく「蚊帳の外」感を感じてしまいます。それはどうしてなのか?と考えてみた際に、ある大きな問題がつまびらかになってきたのです。大半の臨床研究や治験の論文では、対象となる患者さんが厳選されています。がん診療を専門としている医療機関において65歳以下の若年で腎機能も良く、パフォーマンスステータス(PSと略します。いわゆる元気の良さ…ですね)が良好な患者さんがエントリーしています。ところが私たち市中病院呼吸器内科で出会う肺がんの患者さんは、たいていが75歳以上、最近はみな80歳超えばかりです。腎機能も悪く、間質性肺疾患の合併もしばしばあり、元気もなくてとてもじゃないですが若年患者さんのような化学療法なんてできないケースばかりです。勢いどうしてもご家族と相談のうえで、経過観察のみでそっとしておきましょうか(=BSCといいます)となることが多いのです。そうなると患者さんとご家族ももちろんですが、我々非がん専門病院の呼吸器内科医にとっては学会の華々しい発表もどこか遠くの花火を観ているように思えてしまいます。

いうまでもなく、現実世界での肺がん患者さんの大多数は①75歳以上で②様々な合併症・併存症を持ち③かつ元気もあまりない方々です。そうすると、今本当に求められているのは若年合併症なしの肺がんエリート(=肺がん患者全体から見れば少数です)を対象とした研究だけではなく、①~③のようなリスク因子だらけの高齢患者さんに何ができるのかというエビデンスなのではないかと日々思うのであります。理想世界のエビデンスももちろん重要ですが、現実世界でのそれも同様にニーズがあるものと考えられます。もちろん高齢者対象の臨床研究では様々な交絡因子が介在してきますので、若年例対象のものよりはエビデンス化が困難となることが予測されます。それでも肺がん専門の先生方には、是非高齢肺がん患者さんにBSC以外の救いの手を差し伸べるような臨床研究をこれからも多く行っていただきたいなと思っています。