忍び寄るアニサキス
みなさんはアニサキスと聞いてどんなものを想像しますか?おさかなに寄生しているなんだか白くて細いウネウネした生き物を思い浮かべるものと推察いたします。そして次にはうっかり食してしまったひとが、猛烈な胃痛に襲われて胃カメラで虫体を摘出されるというお約束の展開が待っているわけです。しかし、私たちアレルギー専門医にとりまして、アニサキスは上記とはまったく違った形で私たちの前に姿を現す存在でもあります。今回はそんなお話しです。
ある日、私の外来に60歳代後半の男性が初診で受診されました。エスニック料理店でタイ風焼きそば(=パッタイのことですね)を食したところ、全身に蕁麻疹が出たというのです。当然ながら、当該のパッタイの具を詳細に問診して血液検査(RAST検査というアレルゲンを検索する検査)をオーダーしました。エビ入りのパッタイでしたので、検査項目には当然エビもくわえておきました。しかしながら、検査結果ではエビを含めて具材のすべてが陰性でありました。迷宮入りとなるかと思われたそのとき、検査時にひそかに追加しておいた項目が見事にクラス5(陽性)に出ました。実はその項目こそ「アニサキス」だったのです。アニサキスの虫体は大変高い抗原性を持っており、アレルギー研究の際にアレルギー惹起のための材料に利用されているほどです。日本人は海洋魚介類をよく食べるため、知らず知らずの間にアニサキスに感作されている(=アレルギーが成立している)ことがあります。そのため、アニサキスがたとえ生きていなくてもその虫体成分が微量でも混入しているだけで強いアレルギー反応を示すことがあるのです。
今回の症例では、パッタイには欠かせない調味料である「ナムプラー」が原因と考えられました。ナムプラーとはタイのお醤油(魚醤)であり、おさかなの内臓を漬け込んで発酵させたものです。アニサキスがおさかなに寄生する際には主に内臓にいることが多いので当然ナムプラーにはアニサキス虫体のエキスが混入する可能性があります。同様の製法でつくられている各地の魚醤(ベトナムのニョクマム、北陸のいしる、東北のしょっつるなど)にも同様の理由でアニサキスアレルギー患者さんに症状を発現させるリスクがあるものと考えられます。よく青魚(サバ・アジなど)のアレルギーのひとがおられますが、実は本体のおさかなではなく寄生しているアニサキスに感作されていることが少なからずあります。したがいまして、青魚アレルギー疑いの患者さんがいらした際には被疑食物としてのおさかなと一緒にアニサキスもRAST検査で調べておくことをお勧めします。後日談ですが、最初の患者さんはタイ料理レストランではナムプラー抜きの料理を注文するようにしてみたら蕁麻疹は起こらなくなったそうです。ナムプラー抜きのパッタイは、もうすでにパッタイではないような気がしますが…(笑)。