同愛記念病院アレルギー呼吸器科のブログ

スタッフ4名+医局秘書1名+部長1名で日々楽しく頑張っています。 大学の医局に関係なく、様々なバックグラウンドのドクターが集まっています。 後期研修希望者や(現在ほかの病院に勤務されている先生の)期間限定の国内留学のお問い合わせも受け付けております。アレルギー呼吸器以外の御専門の先生でも歓迎いたします。ご興味のある方は allergy6700@yahoo.co.jp までご連絡ください。 <p>☞<a href="https://www.allergy-doai.jp/"target="_blank

文法は完璧なのに・・・

かつて私が留学していたインペリアルカレッジロンドンには、国内外から学生・大学院生・研究者など様々な職種の人々が集っておりました。その中にはもちろん日本人研究者もおりましたが、彼らの留学中の目標のひとつが「英語の論文を書いて帰りたい」というものでした。国内にいたころにはせっかく投稿してもすぐにリジェクトされてしまってばかりいたので、ここ留学先から投稿すれば掲載される可能性も大幅アップかも…と思ってしまうのは否めません。実際、留学先で大きな業績を挙げてから帰国後に教授になられた先生方も多々おられるのであながち眉唾ともいえないのではないかと思います。そんな中、「何故日本人の投稿する英語論文はなかなか採択されないのか」という普遍的疑問に思わず答えを出す出来事がありました。今日はそれをお話ししますね。

 

 

インペリアルカレッジ附属心臓肺研究所気道疾患部門にケンブリッジ大学医学部卒のポスドクがひとりおりました。いうまでもなく私などは足元にも及ばない秀才の彼でしたが、人当たりの良い好人物でした。そんな彼のお仕事の中には、すでに論文査読がありました。そのころの自分自身にとっては、論文査読など雲の上の出来事でしたので、ずいぶんと感心したものです。サクサクと論文草稿を読んでいく彼の姿をぼんやり眺めていると、彼がこうつぶやきました。「この論文、英語は良く書けていて文法的誤りはどこにもない。それに図表もとても良くできている。だけど、考察部分を読むと筆者らが何を言いたいのかさっぱり理解ができないんだ。日本からの投稿論文はしばしばこうなんだよ。」と。それは、日本のゴニョゴニョ大学から投稿された論文でした。そんなに奇々怪々な考察なのかなぁ?と疑問を感じながら見せてもらうと、私にはなんと手に取るように論旨が理解できるではないですか!ガッツリ内容を理解した私が、「考察部分で筆者がいいたいことは、こんな内容だよ」と英文を英訳(笑)して口頭で伝えてみました。すると彼は、「ああ、そういう意味だったのか!」とようやく論旨を理解して私に礼を言うとその論文の査読作業に戻りました。このエピソードをみなさんはどのように感じられたでしょうか?

そもそも言語学的に日本語と英語は全く異なっており、多言語との相対的比較においても最も遠縁の言語だといわれています。それは文章の構造や発音の際の音域などはもちろんのこと、もうひとつの大きな違いがあるのです。日本人研究者はこの「隠された」違いに気づかない限り、査読する欧米のレフリーが理解できる考察を書くことは正直難しいと思います。さて、その違いとは何でしょうか?それは「ロジック」の違いです。たとえば、「ABは関連している。BCとも関連している。よってACとの間にも関連がある可能性がある」ということを述べたいときに、それをそのまま日本語➡英語と訳しただけでは理解されません。欧米流のサイエンスのロジックで最も重要なことは、「論理に飛躍がない」ことです。長い考察を書いていく上で、たった1か所でも論理の飛躍があると、それだけで欧米の人たちは思考停止?に陥ります。橋が架けられていない断崖絶壁に立ち尽くすようにそれ以上は進めなくなって、その結果その論文はリジェクトとなるのです。日本語環境でサイエンスをすると、どうしても「曖昧さ」が介在してきます。その要素はサイエンス以外の領域では日本語の長所ともなりますが、ことサイエンスの世界では致命的な足かせになってしまいます。「曖昧さ」が程よくミックスされたロジックの文化で生活している私たち日本人は、英文で論文を書くときもついついそのノリで考察も書いてしまいます。その「曖昧さ」は、欧米人にとってはお相撲で足が土俵の外にちょっぴりはみ出してしまってもセーフ!というくらいに不可解に感じられるようです。英国で出会った秀才ポスドクの彼の何気ない一言は、そのとき私たちの将来に大変役立つことを気づかせてくれました。

留学から帰国して、前述の「欧米人に理解される論文スキル」を駆使して日本から投稿した論文はこれまでの苦戦が嘘のように掲載率が飛躍的に向上しました。つまりは、やっていることのレベル自体は日本も欧米に決して負けていないということです。これからも少しでも日本から発信するハイレベルな論文を一本でも増やすべく、当科ではこのポイントを押さえて現役スタッフの論文執筆を指導・支援しています。

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ブレントクロス・ショッピングセンター(ロンドン)(写真と記事とは関係ありません)